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山形地方裁判所 昭和38年(行)2号 判決 1966年2月21日

原告 株式会社 紅屋呉服店

被告 仙台国税局長 外一名

訴訟代理人 光広竜夫 外四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

第一、本案前の抗弁について

被告等は、それぞれ本案前の抗弁として、被告国税局長のなした審査請求棄却決定及び被告税務署長のなした再調査請求棄却決定の各取消請求に関し、原告が違法事由として主張する事実は、いずれもそれ自体右各決定固有の違法事由に該当しないから不適法である旨主張するので、まずこの点につき案ずるに、本件記録によれば、原告が右各請求において右各決定の固有の違法事由として、それぞれ事実主張をなし七いることが明らかである。してみれば、当裁判所としては、右主張事実が違法事由に該当するか否かを審判し、それに応じて、請求認容あるいは請求棄却の判決をしなければならないのであるから、原告の右各訴はいずれも適法なものであるといわなければならない。被告等の右主張はいずれも失当であり、採用することができない。

第二、更正決定について

一、被告税務署長が原告に対し、昭和三七年六月二九日付をもつて別紙目録記載のとおり(各法人税の更正決定をなし、原告に通知したこと、右各更正決定が原告主張の各事業年度における申告金額(所得金額及び法人税額)に対してなされたものであること及び原告が被告税務署長主張の事業年度中の昭和三二年七月一日から昭和三三年六月三〇日まで及び本件第一ないし第三の各年度において、役員報酬としてその主張する各役員に主張の金額を支給したことはいずれも当事者間に争いがなく、原告の役員報酬支給に関する定めが、被告税務署長の主張する二つであること、右報酬の支出方法については原告取締役会の議決がなく、米沢税務署係官が本件更正決定のための調査をなした昭和三七年五月当時にはいまだ限度額の変更がなかつたこと原告設立当初の非常勤役員である取締役古山幾治、監査役古山甚助及び同山崎政次の三名に対し、設立以来昭和三三年六月まで全く報酬支給がなかつたこと、他の二人の常勤役員に対し、設立後三年間に支給された報酬はいずれも年総額にして金五〇万円に満たなかつたこと及び原告が被告税務署長主張の事業年度中昭和三〇年七月一日から昭和三一年六月三〇日まで、同年七月一日から昭和三二年六月主〇日までの各年度において、役員報酬としてその主張する各役員に主張の金額を支給したことは、いずれも原告において明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。

二、そこで、原告の創立総会議事録中の限度額「年額五〇万円以内」との記載が役員全員につき定められたものか否かにつき検討する。

(一)(1)  <証拠省略>を併せ考えれば、原告は昭和三〇年七月-一日設立された資本金二〇〇万円、営業目的衣料品の小売販売、取締役三名監査役二名営業所一ケ所、従業員四、五名の株式会社であるところ、設立後の各事業年度の売上高は、昭和三〇年七月一日から昭和三一年六月三〇日までは金一、二八八万四、六三八円、同年七月一日から昭和三二年六月三〇日までは金一、四七五万二、〇二八円、同年七月一日から昭和三三年六月三〇日までは金一、四九九万七、七〇二円、本件第一】年度は金一、六〇五万一、六四六円、第二年度は金一、八九七万〇、七七〇円、第三年度は金一、七三二万〇、〇六七円である事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(2)  <証拠省略>を併せ考えれば、昭和三〇年五月頃税理士野口慶一郎方の事務員沼田常雄は、原告の現代表取締役である古山賢一から会社設立に際し、如何なる書類を作成すべきかとの相談を受けたが、自らは会社設立に関する知識経験が全くなかつたため、右野口にその旨伝えて相談したところ、野口から、定款作成の必要なこと及び創立総会議事録の作成に当り必要な決議事項の指示を受けたので、これを全て右古山に伝えた事実及び野口が沼田に指示した右決議事項の内容は、創立総会議事録中第一ないし第四号議案については、単に見出しのみであつたが役員報酬支出に関する第五号議案については、その限度額を定めておかないと税務調査の際に問題になること及び右限度額は役員全員の一年間についてのものを決議するよう特別に指示した事実がそれぞれ認められ、証人古山嘉庸の証言及び原告代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分はいずれも措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)  <証拠省略>によれば、原告は、いわば同族会社として設立されたところから、創立総会は雑談的に行われ、提出された議案の説明は右古山賢一によつてなされたが、討論等はなされず、限度額に関しても取締役間、あるいは常勤非常勤の間で差をもうける話などなく、簡単に承認された事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(4)  <証拠省略>を併せ考えれば、野口は沼田から原告において作成した創立総会議事録の原稿を見せられたが、各別問題点も見当らなかつたため、単に字句の訂正等をしたにすぎない事実、沼田は原告設立後引き続き三年間原告の決算事務を担当したが、原告の限度額の如き定めは(通常、役員全員の限度額として扱つて来ており、従前において、役員各自の限度額として扱つた経験がなかつたところから、原告の右定めも役員全員の限度額として扱つた事実、沼田の作成した原告の決算書類の原稿は全て野口が検討していたが、同人も亦役員各自の限度額につき定められた議事録等を扱つた経験がなかつたうえに、原告の資本金、売上高、役員数及び常勤非常勤の別等に鑑みれば、原告の事業規模としては、金五〇万円以内との限度額の定めは役員全員に関するものとして相当であると考えていた事実及び野口は他の税理士と共に毎月一回の例会を開き税務会計上の種々の問題につき話合つているが、右例会において原告の限度額の如き定めについても話題とされた結果、税理士は一般に右の如き定めを役員全員の限度額として扱つており、役員各自の限度額を定めることはあまり例がないということが明らかになつた事実がそれぞれ認められ、証人白井長二郎の証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(5)  <証拠省略>を併せ考えれば、米沢税務署直税課法人税係調査主任であつた西牧信彦は、昭和三七年五月一七日調査のため原告方に赴き、原告代表者古山賢一及び経理担当取締役古山嘉庸と面接したが、調査の結果第一ないし第三年度分の役員全員の報酬支給総額がいずれも年間金五〇万円を超過している事実を発見し、その旨同人らに申し向けたところ、同人らは、税理士に委せてあつたがそうなつているのか等と答弁したのみで、同日右調査に立会つた税理士塚田正紀及びその事務員高橋佑輔-が、途中から野口税理士から引継いだため気がつかず、うかつだつた旨述べた際にも、何らの説明もしなかつた事実及び右西牧が同月二三日頃再び調査のため原告方に赴いた際にも、原告方から限度額に関する何らの説明もなされなかつた事実がそれぞれ認められ、証人古山嘉庸の証言及び原告代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分はいずれも措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(6)  <証拠省略>によれば、原告代表者古山賢一は有限会社ハリマヤ本店の設立当初から同会社の監査役をも兼務している事実、同会社は昭和二六年三月五日の創立総会において、役員全員の限度額を金五〇万円以内と定めていたが、昭和三二年四月二九日の定時社員総会において、右限度額を金六〇万円に増額した事実及び同人は右両総会にいずれも出席しており、なかんずく定時社員総会においては、限度額の増額につき自ら発言し、その発言のとおり議決された事実がそれぞれ認められ、原告代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  以上の各認定事実を総合して考えれば、原告方の限度額に関する定めは役員全員につき定められたものであると認めるのを相当とする。

もつとも、山崎政次、白井長二郎、古山嘉庸の各作成部分については、<証拠省略>によれば、右限度額が役員各自につき定められたものである事実が一応うかがわれるが、右の各証拠は、さきに認定した(一)の(2) ないし(6) の各事実に照らし合せてみると到底信用することができない。

三、しかして、昭和四〇年政令第九七号による改正前の法人税法施行規則第一〇条の三第二項によれば、役員報酬が限度額を超過して支給された場合には、右超過した部分については同条第一項に規定する不相当と認められる部分の金額とみなされ、法人所得の計算上損金に算入されないことになつている。

四、以上のとおりであつて、被告税務署長が第一ないし第三年・度における原告の役員報酬支給総額のうち限度額金五〇万円を超える部分を、いずれも損金に算入せず所得金額として扱つてなした本件各更正決定には何らの違法は存しないものであるから、原告のこの点に関する本訴請求は理由がないものといわなければならない。

第三、再調査請求棄却決定について

一、原告が昭和三七年七月三〇日被告税務署長に対し、前記各更正決定に対する再調査請求をなしたこと及び同被告が原告の右各請求につき同年九月二八日付をもつていずれも棄却決定をなし原告に通知したことはいずれも当事者間に争いがなく、右各請求において原告の不服としたところが原告の限度額金五〇万円とする定めを役員全員に関するものと認められ、役員報酬支給総額のうち右限度額を超過した部分が法人所得の計算上、損金に算入されなかつたことの一点のみであることについては、原告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

二、ところで、原告は、被告税務署長のなした再調査請求棄却決定に調査を尽さない違法がある旨主張するのであるが、再調査の請求を受けた場合、税務署長が何らかの調査(以下これを再調査という)をなすべきことは、昭和三七年法律第六七号による改正前の法人税法第三四条の趣旨によつて明らかであるが右再調査の方法、範囲等については、それが極めて専門的技術的要素の強いものであると認められるうえに、同法のみならずその他の法令には依拠すべき何らの規定も存しないのであるから、それは税務署長の合目的的判断に委ねられたいわゆる自由裁量事項に属するものと解するのが相当であるところ、行政事件訴訟法第三〇条によれば、自由裁量処分については、それが裁量権の範囲を超え又はその濫用があつた場合に限り取消すことができることになつているのであるから、原告の右調査不尽の主張は、被告税務署長のなした再調査の方法、範囲等が裁量権の範囲を超え又は濫用に亘るものであるとの趣旨であると解するのが相当である。

しかして、又行政庁のなした自由裁量処分が裁量権の範囲を超え又は濫用に亘ることの立証責任は、右の事由を主張する者即ち本件についていえば、原告にあるものと解すべきである。

三、そこで、被告税務署長のなした再調査の方法、範囲等につき裁量権の範囲を超え又はその濫用があつたか否かにつき検討するに、証人浜田慶五郎の証言と弁論の全趣旨を併せ考えれば、米沢税務署直税課法人税係長であつた浜田慶五郎は、昭和三七年九月一〇日頃、原告の再調査請求に対する調査のため、原告方に赴き、原告代表者古山賢一と経理担当取締役古山嘉庸と面接し、約二時間再調査した事実、右再調査に当り、浜田は原告代表者等に対し、原告の如き限度額の定めは一般に役員全員の限度額を意味するものであること、原告の設立当時の状況及び原告の事業規模等に鑑み右限度額の、定めは役員全員に関するものではないかということ及び右定めが非常勤役員をも含めて役員各自に関するものだということはおかしいのではないかということを指摘してくり返し質問したが、原告代表者等は、右限度額の定めは役員各自の趣旨であると答えるのみであつた事実及び右調査の終り頃になつて、浜田は原告代表者から、原告の株主が右限度額の定めは役員各自に関するものである旨を確認した確認書を見せられたが、それには遠隔地に在住する株主に対する依頼文の如きものが必要と思われるのにその添付がなく、また原告代表者に聞いてもそのようなものはないという返事であつた事実がそれぞれ認められ、右事実を総合すれば、被告税務署長は、原告の再調査請求に対し、原告の限度額の定めが役員全員に関するものか否かについて、係官による実地調査をなしたことが認められる。しかしながら、右事実によつては、いまだ、被告税務署長のなした再調査の方法、範囲等につき、裁量権の範囲を超え又はその濫用があつたものとは到底認められず、原告の全立証その他本件の全証拠によるもこれを認めるに足りない。従つて、被告税務署長のなした本件各再調査棄却決定には何らの違法事由は存しないものというべきであるから、原告のこの点に関する本訴請求も亦理由がないものといわなければならない。

第四、審査請求棄却決定について

一、原告が昭和三七年一〇月二九日被告国税局長に対し、前記各再調査請求棄却決定に対する審査請求をなしたこと、同被告が原告の右各請求につき昭和三八年二月二六日付をもつていずれも棄却決定をなし原告に通知したこと、同被告が、原告方に仙台国税局の付属機関である同局協議団員を派遺し、原告の帳簿その他の書類の調査をさせたこと及び同被告が被告税務署長に対し、弁明書の提出を求めなかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、ところで、原告は、被告国税局長のなした本件各審査請求棄却決定に審理を尽さない違法がある旨主張するが、審査請求がなされた場合には、前記昭和三七年法律第六七号による改正前の法人税法第三五条第八項により、国税局長は、国税局所属の協議団の協議を経た上で審査決定をしなければならないことになつており、更に、右協議団の調査に関しては、国税庁協議団及び国税局協議団令(昭和二五年六月三〇日政令第二一四号)第五条に規定されており、審査手続が右各規定に依拠してなされている限り、違法事由は存しないものというべきであるところ、右第五条によれば、協議団が「協議を行うに当つては、当該協議に付された事案について、協議官自ら必要な調査に当り、又は国税庁長官若しくは国税局長を通じ画税庁国税局若しくは税務署の当該職員に対し、その調査を嘱託する外、当該審査の請求の目的となつた処分に関する事務に従事した職員及び当該審査の請求をした者にその意見を述べる機会を与えなければならない」ことになつていて、原告の主張する被告税務署長に対する弁明書の提出要求及び仙台国税局職員による調査については、右条項のみならず法令上他に何らの定めがないので、右の如き事由は、審査手続の違法事由とはなりえないものといわなければならない。

三、そこで次に、本件審査手続が右各規定に依拠してなされているか否かにつき検討するに、証人佐原良輔の証言に弁論の全趣旨を併せ考えれば、仙台国税局協議官である佐原良輔は、原告の本件各審査請求を協議するため構成された協議団の担当協議官を命ぜられ、主として調査に当つたが、その方法については、書面調査として、まず、原処分庁である被告税務署長が如何なる調査をなしたかにつき、原告の賃借対照表、損益計算書等を含む一件書類を検討した上、実地調査として、昭和三七年一二月五日頃米沢税務署に赴き、同被告のなした原処分に関する調査の内容につき検討し、かつ原処分に関して、担当した職員に、本件各審査請求に対する意見を聞き、次いで翌一二月六日及び七日頃の二日間に亘り原告方に赴き、原告代表者古山賢一、経理担当取締役古山嘉庸及び塚田税理士の事務員である前記高橋佑輔に面接して原告方の審査請求に対する意見を聞き、更に争点となつている役員報酬に関する限度において原告の帳簿書類等を検討し営業の実態を調査した事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、本件審査手続は、前記各規定に依拠してなされたものと認められるから、それには何らの違法事由は存しないものというべきである。

(四)、従つて、本件審査手続に審理不尽の違法があるとの原告の主張はいずれも理由がなく、原告のこの点に関する本訴請求も亦失当であるといわなければならない。

第五、結論

以上のとおり、被告等の本件各処分は、いずれも適法であるから、原告の本訴各請求はいずれも失当である。

よつて、原告の本訴各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 石垣光雄 西尾幸彦)

別紙<省略>

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